同じ釜の飯を食べた戦友・佐藤文則同志の早すぎる死
2008年 05月 19日
不治の病とはいえ、衆議院小選挙区4区予定候補佐藤文則同志の16日の突然の死は、
本当に有能な同志のあまりにも若すぎる病死でした。さぞかし無念ではなかったかと思い
ます。
私は18日の通夜、19日の告別式に参列しましたが、新宿区議会議員や国政候補者の
歴任など、大きな活動実績と信頼、幅広いつきあい・影響を示すように900人もの参が
ありました。
私と佐藤氏は、大学時代の同時期に日本共産党に入党し、日本共産党の学生委員会で
私が党委員長、佐藤氏が民青同盟担当の指導部の1人として、当時、わがもの顔で大学を
暴力支配していた暴力集団の暴力一掃・自学園の自由回復のたたかいで同じ釜の飯を食べながら活動し、苦労を共にした同志でした。
佐藤氏は、気さくで明るく、ひょうきんなところのある同志で区議会議員としての政策
能力だけでなく、党建設でも貴重な経験をつくった同志でした。
佐藤同志の遺志を継いで、きたるべき解散・総選挙での前進を切り開きたいものです。
本当に有能な同志のあまりにも若すぎる病死でした。さぞかし無念ではなかったかと思い
ます。
私は18日の通夜、19日の告別式に参列しましたが、新宿区議会議員や国政候補者の
歴任など、大きな活動実績と信頼、幅広いつきあい・影響を示すように900人もの参が
ありました。
私と佐藤氏は、大学時代の同時期に日本共産党に入党し、日本共産党の学生委員会で
私が党委員長、佐藤氏が民青同盟担当の指導部の1人として、当時、わがもの顔で大学を
暴力支配していた暴力集団の暴力一掃・自学園の自由回復のたたかいで同じ釜の飯を食べながら活動し、苦労を共にした同志でした。
佐藤氏は、気さくで明るく、ひょうきんなところのある同志で区議会議員としての政策
能力だけでなく、党建設でも貴重な経験をつくった同志でした。
佐藤同志の遺志を継いで、きたるべき解散・総選挙での前進を切り開きたいものです。
by tokutome_m
| 2008-05-19 20:51